見出し画像

第1回有吉佐和子文学賞 優秀賞 「杜鵑草」原徹(愛媛県伊予郡松前町)

ご覧いただきありがとうございます。
和歌山市広報広聴課です。
今回も「第1回有吉佐和子文学賞」受賞作品をご紹介させていただきます。


第1回有吉佐和子文学賞 優秀賞 「杜鵑草ほととぎす

はら とおる(愛媛県伊予郡松前町)

杜鵑草ほととぎすは秋の草花である。地味ではあるが、晩夏から初冬まで長期間にわたり、日陰でも咲く生命力の強さゆえに、「秘めた思い」という花言葉を持つ。

5年あまり前の8月末、病のために入院した妻は、娘にわが家の食事の支度を託した。ただ、ほとんど家事経験がなかった娘の料理は当初、食材を大胆にぶつ切りし、調味料で煮込む程度の素っ気ない料理であった。私の報告を聞いて、さすがに妻も心配になったのか、
「毎日、作った料理の写真を送りなさい」
と娘にメールで依頼した。娘からの写真を見てアドバイスをするためだ。そして、上手に料理ができた日には、
「今日は上手にできたみたいね。褒めて伸ばしてあげてください」
と妻から私にメールが送られてきた。

入院から約3か月後の11月15日、妻が亡くなった。
入院当初からずっと絶食だった妻は、一度も娘の料理を口にすることができなかった。

通夜法要の後、僧侶に呼ばれた私は、妻の戒名について説明を受けた。

「入院中、奥様は料理の写真をメールで送るようにと、娘さんに頼んでいたそうですね。ご自分は何も食べられない状態でありながら、家族の健康を気遣う奥様の秘めた思いだったのでしょう。
ちょうど今の時期に咲く杜鵑草には、『秘めた思い』という花言葉があります。
入院されていた時期も杜鵑草の開花時期と一致しますし、奥様に相応しい花言葉だと思いましたので、戒名に『杜』という文字を入れることにしました」

その話を聞き、私にも思い当たる節があった。妻は自分の余命が残り少ないことを知りながらも、家族の前では、いつもと変わらぬ表情で世間話をしては、よく笑っていた。意識が朦朧とすることが多くなってからも、無理に笑顔を作り、ほとんど出ない声を振り絞ってまで世間話をしようとしていた。それが家族を気遣う妻の心尽くしであることは、鈍い私にも痛いほど分かった。戒名の由来が花言葉というのも、ガーデニングが趣味だった妻に相応しい。ただひとつ残念なのは、私が杜鵑草という花を知らないことだけであった。

葬儀、火葬、初七日法要、精進落しと、すべてが終了したのは、午後7時を少し過ぎたころだった。葬儀場の外は既に闇に包まれ、ひんやりとしていた。

横にいた娘が、
「さっきお坊さんから聞いたけど、お母さんの戒名って、杜鵑草から付けたんだってね」
と話しかけてきた。私に似て花の名など知らない無粋な娘のはずだが、なぜか杜鵑草を知っているような口ぶりが気になった。

「どんな花か知っているのか。父さんは知らないのだけど」

すると、娘が少し驚いた表情で、
「お父さん知らないの。うちにあるよ。野村の家から持ってきた杜鵑草だって、お母さんに教えてもらったことがあるよ」
とわが家の杜鵑草の由来を教えてくれた。

野村の家とは妻の生家だ。
妻は愛媛県南部の野村町という山間の小さな町で生まれ育ち、9歳の春に現在の実家に引っ越した。その際に、野村の家にあった杜鵑草を妻の母親が現在の実家に移植し、後に、新築したわが家の庭にも、その杜鵑草を分けてもらって植えたのだそうだ。

自宅に帰るとすぐ、その杜鵑草の所在を娘に教えてもらった。
「ほら、あそこ。一階の和室の前庭にあるのが、お母さんの杜鵑草」

そう娘が指し示した先には、ほとんど散りながらも、わずかに花を残した杜鵑草が、冴え冴えとした月明かりに照らされていた。

葬儀から1か月後、開眼供養のために訪れた僧侶にわが家の杜鵑草を見せ、その由来を話した。僧侶もそんな杜鵑草の存在を知る由がなく、
「何か因縁があるのでしょうねぇ」
と驚いた表情で見つめていた。

半世紀以上にわたって妻とともに生きてきたわが家の杜鵑草。その杜鵑草が妻の戒名の由来になったというのは、単なる偶然とは思いたくなかった。それ以来私は、わが家の杜鵑草を妻の分身だと思って大切に育て、事あるごとに話しかけている。

杜鵑草という植物は、あまり手をかけなくともよく育つ。地上部が枯れても、根元から新たな芽を出し、枯れかけた茎を切り分けて土に挿すと、次々と芽を出し葉をつける。それならば、力強い生命力を持つ杜鵑草のように、妻にももっと長く強く生き抜いてもらいたかった。

庭を見ると、杜鵑草が気持ちよさそうに、そよ風に揺られている。家族を深く愛した妻の秘めた思いを、今なお宿すかのように。


※note転載にあたり、WEBでの読みやすさを考慮し、漢数字を半角洋数字に。段落の一文字下げは削除し、適宜改行を行いました。文章の改変はありません。

有吉佐和子文学賞
有吉佐和子記念館の開館を契機に、和歌山市出身の偉大な作家、有吉佐和子の顕彰に加え、文学について学ぶ機会を創出することと、和歌山市の文化的風土を醸成することを目的として、令和5年12月に塚本治雄基金を活用させていただき、創設した文学賞です。
自身のことや世の中のこと、和歌山への想いなどについて、思ったまま、感じたままに表現いただくことを目的としてエッセイの作品を募集し、第1回は国内のみならず海外からも含め、2,077作品の応募がありました。
ご応募ありがとうございました。

有吉佐和子文学賞に関する問合先
和歌山市産業交流局文化スポーツ部文化振興課
〒640-8511和歌山市七番丁23番地
TEL: 073-435-1194 FAX: 073-435-1294

最後までお読みいただきありがとうございました。 もしよろしければ、noteのフォローをお願いします。