第1回有吉佐和子文学賞 佳作 「和歌山にて、星を繋ぐ。」武智弘美(兵庫県神戸市)
ご覧いただきありがとうございます。
和歌山市広報広聴課です。
今回も「第1回有吉佐和子文学賞」受賞作品をご紹介させていただきます。
第1回有吉佐和子文学賞 佳作 「和歌山にて、星を繋ぐ。」
ほんとうは和歌山に行くはずではなかった。
その日休みが取れたわたしは、神戸から日帰りで行ける街を探していた。最初は北へ向かうつもりだった。ところが数日前に寒波が来て、大雪になった。かわりにどこか暖かい街はないだろうか、できれば素敵な図書館か美術館のあるところがいいな。そうしてわたしが思いついたのが、和歌山市だった。とてもいい感じの図書館があると、聞いたことがあったのだ。わたしは急きょ、和歌山に日帰り旅に行くことにした。
大きな街を通り過ぎ、空港付近で旅人たちを降ろしたあと、電車は緑のなかに入る。やがて視界が開け、紀の川をわたる。心がひろびろとする。わたしの生まれ育った広島の山あいの町にも、大きな川が流れていた。なつかしい。
和歌山市民図書館の一階には、書店とカフェが併設されていた。コーヒーの香りが漂う、おしゃれで明るい本屋さんだ。気になる本がたくさんあって、うきうきする。
わたしの生まれた小さな町には、本屋さんがなかった。雨が降って農作業ができなくなると、父親はわたしを街の本屋に連れて行ってくれた。しかし、晴れが続くと本屋に行けなくなる。そうなると、わたしに禁断症状が現れはじめる。本屋さんの夢を見るようになるのだ。あの頃のわたしがこの本屋さんを見たら、どんなに喜ぶだろう。
二階図書館の書架も美しかった。行儀よく並んだ本たちは、どこか誇らしげで気品があった。読みこまれた本たちも愛おしい。広々とした空間には、子ども向きの部屋や学習室もある。人が学び、本に親しめる空間。こんなに素敵な図書館がある街を、心からうらやましく思った。
この図書館では、移動図書館車にも力を入れている。
移動図書館車!
むかし大好きだった。車内にはぎっしりと本が並んでいて、そこから運命の一冊を探し出すのだ。
子どもの頃、移動図書館車で出会った『もしもしニコラ!』という児童文学作品を今でも覚えている。都会に暮らす少女があてずっぽうに電話をかけ、たまたま繋がった男の子と友達になる話だったと思う。偶然の出会い、そこから始まる繋がり。人生にはこういうことがあるからおもしろい。
世の中が便利になって、みんなが効率を求めるようになった。検索すれば簡単に答えが見つかり、情報を得るだけなら本屋も図書館もいらなくなる。なんでも時短とコスパの世界。
でも、余計なことこそおもしろい。たまたま隣にあった本から新しい世界が広がることもあるし、予期せぬ出会いに胸がときめくことだってある。物語は偶然によって動きだす。
そもそもこの和歌山への旅がそうだった。あの日寒波が来なければ、この図書館にその後何度も足を運ぶことはなかった。
そのきっかけとなったのが、「有吉佐和子文庫」と呼ばれる部屋だった。ここでは和歌山市出身の作家、有吉佐和子の作品や、作品にまつわる本が紹介されていた。その時は、移民に関する書籍がテーマだった。
ここでたまたま知った、海を渡った移民たちの人生に、わたしは強く惹きつけられた。なぜだかわからないけれど、胸がドキドキした。有吉佐和子の『非色』を借り、夢中になって読んだ。異国の地で差別にあいながらも、ユーモアと冷静さで生き抜く主人公に魅了された。調べれば調べるほど移民たちに興味がわき、その後もわたしは何度も「移民資料室」に足を運ぶこととなった。
わたしが移民たちに惹かれたのは、広島県出身だったということもあった。じつは広島県は、和歌山県と同様、かつて多くの移民を出した県である。新天地を求めて海外に向かった移民たちは、強制収容所に入れられ、過酷な労働を強いられた。しかし彼らは勤勉でよく働いた。生活は厳しいものだったが、そんななかから日本に多くの送金をした者もいたのだという。
彼らが海外に移住したのは、生活のためだったそうだが、わたしは冒険心もあったのではないかと思う。もしかすると和歌山や広島など、大きな川の近くに生まれ育った者は、やがて大海に出て行くような開拓者精神を持ち合わせていたのかもしれない。
わたしがいま住んでいる神戸も、移民との関りが深い場所である。移民たち、和歌山、広島、神戸、大きな川。なんの関係もないように思えたことが、一本の線で繋がった。
古代の人たちは、天上にある星を線で結び、星座をつくった。そしてそこに、神話を生み出した。ほんとうは出会うはずのなかった星たちが繋がって、やがて物語が生まれる。
もしかするとここから、何か新しい物語が生まれてくるかもしれない。そう考えると、ワクワクしてくる。
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