第1回有吉佐和子文学賞 佳作 「私を生かす心の栄養」後藤里奈(東京都杉並区)
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和歌山市広報広聴課です。
今回も「第1回有吉佐和子文学賞」受賞作品をご紹介させていただきます。
第1回有吉佐和子文学賞 佳作 「私を生かす心の栄養」
忘れられない味がある。
今から約17年前、私は晴れて都内の大学へ進学が決まり、地元岩手から一人上京した。生活費を抑えるため、キャンパス内にある寮に入り、期待と不安のなかで私の大学生活は始まった。
だが悲しいことに、憧れのキャンパスライフは私のイメージとはかけ離れていた。私が入った寮は、特に規則の厳しいことで有名な女子寮だったのだ。四畳半にベッドと机があるだけの部屋で、下級生の私は上級生の先輩と一緒の二人部屋であった。トイレやお風呂、台所はすべて共同で、使える時間も決まっていた。掃除や電話番などの当番を忘れたり、門限を破ったりしたら謝罪文を書き、罰として風呂場や洗濯場の排水溝掃除などをさせられる。
初めての共同生活は戸惑いと緊張の連続だった。
だが、プライバシーや自由が少ない代わりに良い面もあった。いつでも助け合ったり、話したりできる友人がいることは心強く、全国各地から来ている様々な人との出会いは、私に多くのことを教えてくれた。
そして、そんな生活にようやく慣れてきたある夏の日、実家で暮らす弟の訃報が届いた。あまりに突然のことに、私は現実を受け入れられなかった。
5歳年の離れた弟は、教師になるという私の夢を誰よりも応援してくれていた。上京する日も駅まで見送りに来てくれ、
「夏休みになったら帰ってくるから、それまでお互い頑張ろう。」
と約束したばかりだった。
あと数週間もすれば会えるはずだったのに―。
葬儀を終えたあとも、私はまだ弟の死を信じられなかった。交通事故であっという間に逝ってしまったため、おそらく弟自身も、よく自分の死を理解できていなかったと思う。
心にぽっかりと穴が空いたまま東京に戻ってきた私は、4月に初めて上京してきた時よりも心細い気持ちで、寮への道をとぼとぼと歩いていた。
これから何を心の拠り所にしていけばよいのだろう。人はこんなにも簡単にあっけなく死んでしまうものなのだろうか―。
沈んだ気持ちで寮の部屋に入ると、事情を知っていた先輩は
「お帰り。」
といつものように声をかけてくれた。
その先輩は和歌山の出身で、初めは少しぶっきらぼうな話し方に戸惑いを感じたが、飾らず自然体な人柄のおかげで、私はあまり気を遣い過ぎることなく、いろいろなことを相談できた。そんな先輩に普段と変わりなく迎えられ、張りつめていた私の心はわずかに和んだ。だが、お互いその後はかける言葉が見つからないようで、気まずい空気が流れた。すると先輩は部屋から何かを持って出ていった。「気を遣わせないように一人にしてくれたのかな。」と思い、申し訳ないような気分になった。
だがしばらくすると、
「良かったら食べて。」
と言って、おにぎりを持ってきてくれたのだ。
それは全体が高菜でくるまれた、今まで見たことのないおにぎりだった。食欲はなかったが、白米が好物の私は思わず心を惹かれた。一口齧ると、爽やかな高菜の浅漬けとご飯がよく合い、絶妙な塩加減で、新鮮な美味しさが口の中に広がった。中には細かく刻まれた高菜漬けが入っていた。
その食感も楽しく、すぐにもう一口食べたくなり、あっという間に2個平らげてしまった。食べ終わると、本当はとても空腹だったということが自分でもわかった。
先輩は満足そうに、これは和歌山の郷土料理の一つ「めはり寿司」であると教えてくれた。名前の由来は、「目を張るように大きな口を開けて食べる」という説や、「目を見張るほどおいしいから」などという説があるそうだ。落ち込んだ私を少しでも元気づけるために、普段は自炊などめったにしない先輩が珍しく作ってくれたのだ。そのさりげない優しさが嬉しく、お腹だけではなく心も満たされた。
心のこもった食べ物には、それを作ってくれた人や、一緒に食べる人の想いが隠し味となり、食べ物以上の栄養になるのだと思う。それは体の内側からエネルギーを湧き起こしてくれるものでもある。そして美味しさとは、相手との「おいしい関係」が何よりも大切なのだとしみじみ感じた。
あれから17年。私は長年の夢を叶えて教師となり、日々奮闘している。
あの時食べためはり寿司は、間違いなく私に生きる元気と力を与えてくれた。もう口にすることはないかもしれないが、その味は心の栄養となって私を生かしてくれている。
子供たちにも、困っている人や悲しんでいる人に対して、自然に手を差し伸べられるような人になって欲しいと思っている。
あの先輩は、今頃どうしているだろうか。時折思い出しては、あのめはり寿司を無性に食べたくなってしまう。
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