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第1回有吉佐和子文学賞 佳作 「梅騒動」森美恵子(福岡県福岡市)

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和歌山市広報広聴課です。
今回も「第1回有吉佐和子文学賞」受賞作品をご紹介させていただきます。


第1回有吉佐和子文学賞 佳作 「梅騒動」

もり 美恵子みえこ(福岡県福岡市)

母が梅干しを漬ける。
漬け続けて、もう何十年にもなる。
毎年コンスタントに漬けていたわけではないけれど、「いかにも自家製」という感じの、けっしておいしくはない梅干しが我が家の定番であった。

ある年、梅の壺を覗き込んだ母が
「これは悪いことが起きる」
と、低い声で騒ぎ出した。

なんでも、その数年前に一度、梅干しを腐らせたことがあったらしい。そんなことは初めてで言い出せずにいたが、その年に叔父が亡くなったという。「梅干しが腐る、ってどんな?」
私も一緒に梅壺を覗き込む。梅にフワッとしたカビがついている。
「これで二回目よ。長年漬けてきて腐らせたことなんてなかったのに」
と、母は深刻そうな顔で壺の中の梅を菜箸でつついた。

あたりまえのことだが、母の梅干しの出来と叔父の命は別物だ。叔父はそういうお年頃だったし、普段はどちらかというと迷信じみたことには興味がない母がどうしたというのか。

 しかし、その二度目の失敗の年に父が倒れた。これに母は震え上がった。

「やっぱりあの梅干しが!」

刑事ドラマに出てくるような顔をして、私を見つめコクリと頷く母だったが、私から言わせれば今回もまた、たまたまである。梅を腐らせた年に父は倒れたが、父が倒れたのはそれが初めてではない。しかし母の中で梅との因果関係が確信に変わったようだった。

翌年から、実家に帰るたびに
「今年の梅干しは腐れませんように」
と祈るように梅壺を見つめる母の姿を頻繁に見かけるようになった。何かしら声をかけてあげたいが、梅の話になると二度の失敗を思い出し悲観にくれるだろう。だから私からは何も言えない。見守るのみ。

母は「家族の無事は自分の梅干しの出来にかかっている」という、謎の使命感にみちた顔をして梅干しを漬けているが、また腐らせたらどうするつもりなんだろう。
「今年は大丈夫だった」という時の、母の安堵の表情を見るたびに「そんなに心配だったらもう漬けなきゃいいじゃない」と思う。

だが母は漬け続ける。

なんだか私まで毎年の出来が気になるようになってきたので、さすがに調べてみることにした。

〈梅干 腐る〉で検索。

そこで得た知識としては、梅干しがなかなか腐らないのは「塩分濃度の高さ」と「梅に含まれるクエン酸の活躍」によるものだということ。昔から沢山の塩を用いて漬け込み、保存食となってきた梅干し。なるほど。

ちょっとした梅博士になって自信がついた私は早速母に問うてみた。

「お母さんの梅干しの塩分濃度ってどれくらい?」

母はきょとんとした後に自信に満ちた表情でこう言った。

「私の梅干しはね、家族の健康を思って塩分控えめよ!最近はおいしくしようと思って何でもかんでも塩分過多でしょ。あれはダメね。体に悪い。だから私のは塩分控えめ」
「控えめ、ってどれぐらい?」
「そんなのわからないわよ。だいたいの目分量よ。でも前よりずっと少なくしてる。その方が良いでしょ」

ああ…それだ!と、思った。

母よ、それが原因だ。
塩分過多が我々の体によくないということは知っている。
しかし、だ。梅干し作りにおいて、しかも素人の手作業で目分量の塩分控えめはずいぶんと危険。さらに話を聞いていくと、最初に梅干しにカビがついた年と母が減塩を志し始めた時期が一致した。

これで原因が判明したとはいえ、母は家族の健康を思っての「塩分控えめ」に、ちょっとした誇りがある様子。私が「ちゃんと沢山の塩で漬け込まないとまた腐れるから」とアドバイスしたところで言うことを聞くか怪しいところだ。

私は少し考えてこう言った。
「来年の梅は一緒に漬けたいな。私にもお母さんの梅干しの漬け方を教えてよ」と。

母は勢いよくこちらに振り返り、神妙な面持ちで
「塩分控えめで作るわよ」
と笑った。


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有吉佐和子文学賞
有吉佐和子記念館の開館を契機に、和歌山市出身の偉大な作家、有吉佐和子の顕彰に加え、文学について学ぶ機会を創出することと、和歌山市の文化的風土を醸成することを目的として、令和5年12月に塚本治雄基金を活用させていただき、創設した文学賞です。
自身のことや世の中のこと、和歌山への想いなどについて、思ったまま、感じたままに表現いただくことを目的としてエッセイの作品を募集し、第1回は国内のみならず海外からも含め、2,077作品の応募がありました。
ご応募ありがとうございました。

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